『私がカウンセラーになった理由』

カウンセラーになった理由をお話しする前に
まず私の父の話しを少ししたいと思います。


私の父は職人でした
私は小さな頃から職人気質の父の言葉を聞き父の姿を見て育ちました。

大工だった父は、
家を建てる時も良い家を建てることに本当に一生懸命。
父のカンナで木を削る姿、
ノコギリの動かし方
金槌の振り下ろし方

あれこれ聞いて覚えるのではなく

「見て覚えるんだ」

損得ではなく良いものを作りたいと、高度経済成長の中不器用なくらい

真剣に金槌を振り下ろす、その姿は私の大好きな父の姿です。

腕は良かったのでしょう
父には常にお弟子さんという存在がいました。

そして父を指名して、高くてもいいから良い家を建てたい方からの依頼が切れることはなかったと記憶しています。



私は父の仕事の取り組み方が好きでした。

そしてとても興味がありました。




その時はきづかなかったけど、 
真摯に仕事に向き合い、その時にできる最高のものを提供する、そんな仕事を求めていたのかもしれません。


私はそんな真新しい木の匂いの中で育ちました。


はじめて、このカウンセリングを目の前で見たとき

その繊細なカウンセリングへの取り組み方は

父譲りの職人気質の私の心を動かしました


それがカウンセラーになろうと思った最初のきっかけです。




〜カウンセリングとの出会い〜


今から14年前私は引越して間も無く3番目の男の子を出産しました。
その時産後の肥立ちが悪く出産時の傷口の悪化とともに痛みが強く、夜泣きも重なり、夜も昼も寝られない状況がしばらく続いた後
ちょうど三番目の子どもが一才を過ぎた頃私の心の状態や身体の状態が少しずつおかしくなってきました。

ある時急に悪寒がしてふしぶしが痛くなり熱が上がり、計ると38度5分です。

風邪を引いたのか?とお布団をかぶりしばらくすると
ものの10分ほどしか経っていないのに、今度は36度に下がっています。
そんなことが何度か繰り返しあり
ふわふわとした目眩でもひどく
慌てて医者にいきました。

その時のは身体の休憩が必要とのことで、自律神経失調症との診断で、点滴を受け、夜ぐっすり眠れるように軽い安定剤を下さったと記憶しています。

その後も体調は悪く診療内科や婦人科、と受診しましたが、やはり原因はわかりませんでした。

その後しばらくすると
今度は、特に何も悲しい出来事があったわけでもないのに、昨日愛する人とお別れしたかのような、悲しい気持ちか強く涙が止まらなくなりました。

自分のその状態に自分もびっくりして、これはおかしいと
心を専門に扱うカウンセリングを探したのが、このカウンセリングとの出会いでした。



その当時も、いろいろなカウンセリングがたくさんあり
その頃の私には
どこも同じようにみえましたが

ただ一つこのカウンセリングはカウンセラーを養成する講座の中でカウンセリングを受けることができるという特徴が気に入ったのです。

カウンセリングを受けることもできて、カウンセラーにもなれるかも知れない
そんな単純な理由も奥にありながら、講座の申し込みを決めました。


そして初めての講座を受けたとき、当時の学長であり、その後もずっと私の師である先生の言葉がとてもとても私には衝撃的な言葉だったのです。


「人は変われる

性格は変えられる

人生は自分で変えることができる。」


初めて聞いた時は、目が点になりました。

??性格は変えられる??
性格って変えられないものの代名詞のように思ってきました

だってよく言うじゃないですか!
”あの人ああいう性格だから仕方ないよね”
とか
”もう何十年もこの性格なんだから今更変えられない”とか…

でもでも、私の性格の中の不都合なところが変えられるなら
すごいことだよなあ

初めは半信半疑でしたが、とても希望が持てたことを覚えています。


13年たった今あの時の私の感覚は正しかったのです。




私がカウンセリングで救われたこと

私が辛くなった理由には、幼い頃の家族との関わりがとても影響を与えていました。

そのことがカウンセリングを通しわかってきたのです。

特に、母と祖母の関係が私の人生に強く影響を及ぼしていました。


私の父方の祖母はとても家事のできる人でした。
昔ですので着物の仕立てもとても上手
編み物もとても綺麗に編むし
お部屋もいつもとても綺麗にしていて
お料理も美味しい
なんでもできる人でした

そして私にはとても優しく、そして躾もしっかりしている人でした。
私はそんなおばあちゃんが大好きでした。

ただ私に家事を教える時に、母のできていないところをいつも言うのです。

母は少し大雑把ではあり感情が外にでる、真っ直ぐなタイプの人ですが母なりにはやってはいます。
しかし今思えばおばあちゃんにとっては、足らなかったのでしょう。

私に家事を教えてくれながら、「あんたのお母さんは、ここをやったことがない」とか、「四角い部屋を丸くはく」とか、教えてくれるつもりで言ってくれたことばだったと思いますが.
そのたびに小さく傷ついている私がいました。

私は祖母と母の価値観の間で板挟みになりとても苦しかったんだということに、このカウンセリングと出会って気づくことができました。

この自分では無意識に封印してきたであろう幼少期の大きな苦しみに気づいたことが、私の人生の辛い部分を変える一歩となりました。

そしてその一歩を踏めたことが変化への始まりでした。




◆私の考えるカウンセリングとは

〜カウンセリングの中に見た父と同じ職人の息遣い〜

まず最初に受けたのは『心理カウンセラー養成基礎講座』でした。

この講座では、毎回のように目の前で行われる生のカウンセリングを見る機会が与えられました。
シンプルに体型付られた分かり易さの中に、一人一人の心の奥の気持ちに耳を傾け絶妙なタイミングで発する言葉かけで辛い感情が引き出されて解決していく様子には、ただただ驚きでした。

かつて幼い頃にひとつひとつ丁寧に木を大切に、1ミリの狂いもなく振り下ろすトンカチや、ノコギリを使う父の背中を見たときの、あの真剣な神聖な感覚と近いものを感じ、私の奥にある個性に響いてきたのです。

私の心は、「楽になってカウンセラーにもなれればいいな」から「もっと知りたい。
こんなカウンセリングができるようになりたい」に切り替わりました。

基礎講座が終わり、次の病理講座※の進む時には、「絶対この技術を使うカウンセラーになるんだ」とごく自然に思っている自分がいました。
(※現在は、上級クラスとして病理講座トレーニングコースが開催されています)

このカウンセリングは、とてもシンプルに体型付された理論と、実践の勉強で成り立っています。

さらに私がとても大切にしていることは、言葉や理論だけでは伝えられない”空気や間”、”声のトーン”、そういったひとつひとつを丁寧に汲み取り、その時その時のクライアントさんと真摯に向き合う向かい合う姿勢です。
これを私は、職人のような心と思い、今までもこれからも大切にして行きたいことなのです。

ほんの一秒声をかけるタイミングが遅れたらクライアントさんの感情は波のようにすっとひいてしまいます。

逆にほんの一秒声をかけるタイミングが早くてもまだ十分に感じ切れていないまま消化不良で進んでしまいます。




共感する力。

それは情に流されるのでなく、冷静にクライアントさんが楽になる道筋を読む総合的な力なのです。



◆カウンセリングに興味を持った方へ


カウンセラー本人の内面がカウンセリングの場面に否応なく現れます。

これを読んでくださっている、あなたは
今苦しい状況にあるかもしれません。
でもその状況を乗り越えた時、必ずそれはあなたの個性になります。

だからこそ一人一人の個性がカウンセリングには生きるのです
       


私たちの行うカウンセリングは
とてもとてもシンプルに体型付られています。
そしてしっかりとした臨床に裏付けされた理論が基礎にあります。

なので初めて心理カウンセリングに触れる人でも、無理なく安心して学ぶことができます。

受講生の多くは講座を受けるだけでも、自分の中に変化や気づきを感じます。
それだけこの講座は知識とともに心に大きく響くのです。

心に与える影響が大きいと言うことは効果が高いということです。

それだけに、形だけでなく、その心を学び続け
日々新しくなる理論を取り入れ

真摯に取り組む姿勢がとても大切なのです。

このメッセージに少しでも感じるところがあったなら、あなたは変われる時かもしれません。

その小さなきっかけになれたら幸いです。


  心理カウンセラー 今村のりこ